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終わりと始まり 池澤夏樹 [スズムシ日記]

桃太郎と教科書 知的な反抗精神養って

122日付朝日新聞夕刊 敬愛する夏樹さんの連載エッセイ「終わりとはじまり」。ヤンキーから先生になった有名人義家弘介のことが載っていたので、みんなにお知らせしよう。折しも衆議院選挙公示。自民党は300を越える議席獲得予想が早々と出ている。ああああ、この日本はどうなってるだ。と ボクは思う。義家も自民党だったね。何かそんなにいいんだい。ったく。池澤さんの婉曲な義憤を伺おう。

 前衆議院議員の義家弘介さんが産経新聞でぼくの文章を論じてくださった。

 ぼくが書いたのは「狩猟民の心」というエッセーで、平成10年度から14年度まで高校の教科書「国語I」(筑摩書房)の教科書で使われた。義家さんは、これは子供たちに供するにふさわしくない内容だと言われる。

 以下、最初はぼくの文の引用――

 日本人の(略)心性を最もよく表現している物語は何か。ぼくはそれは「桃太郎」だと思う。あれは一方的な征伐の話だ。鬼は最初から鬼と規定されているのであって、桃太郎一族に害をなしたわけではない。しかも桃太郎と一緒に行くのは友人でも同志でもなくて、黍(きび)団子というあやしげな給料で雇われた傭兵(ようへい)なのだ。更(さら)に言えば、彼らはすべて士官である桃太郎よりも劣る人間以下の兵卒として(略)、動物という限定的な身分を与えられている。彼らは鬼ケ島を攻撃し、征服し、略奪して戻る。この話には侵略戦争の思想以外のものは何もない

 ここからが義家さんの意見

 わが国では思想及び良心の自由、表現の自由が保障されている。作者が作家としてどのような表現で思想を開陳しようとも、法に触れない限り自由である。しかし、おそらく伝統的な日本人なら誰もが唖然(あぜん)とするであろう一方的な思想と見解が、公教育で用いる教科書の検定を堂々と通過して、子供たちの元に届けられた、という事実に私は驚きを隠せない。

 例えばこの単元を用いて、偏向した考えを持つ教師が「日本人の心性とは、どのようなものであると筆者は指摘しているか。漢字4字で書きなさい」などという問題を作成したら一体どうなるか。生徒たちは「侵略思想」と答えるしかないだろう。

 ううん、困ったな。

 あのエッセーでは「伝統的な日本人なら誰もが唖然とする」という、そこのところが言いたかったのだが、理解していただけなかったらしい。ぼくは子供たちに唖然としてほしいのだ。

 ぼくにも反省はある。

 「日本人の(略)心性」というのは間違いだった。悲しいことながら、本当は「人間の心性は」と書くべきであった。20年以上前に「狩猟民の心」を書いた時は、これは自分のオリジナルな発見だと得意になった。世間の桃太郎イメージを逆転できる!

 しかしずっと前に同じことを明治期の偉人が言っていたのだ――

 「もゝたろふが、おにがしまにゆきしは、たからをとりにゆくといへり。けしからぬことならずや。たからは、おにのだいじにして、しまいおきしものにて、たからのぬしはおになり。ぬしあるたからを、わけもなく、とりにゆくとは、もゝたろふは、ぬすびとゝもいふべき、わるものなり。もしまたそのおにが、いつたいわろきものにて、よのなかのさまたげをなせしことあらば、もゝたろふのゆうきにて、これをこらしむるは、はなはだよきことなれども、たからをとりてうちにかへり、おぢいさんとおばゝさんにあげたとは、たゞよくのためのしごとにて、ひれつせんばんなり。」

 福沢諭吉が自分の子供のために書いた『ひゞのおしへ』である。現代語訳が慶應義塾大学出版会から出ている。

 桃太郎のふるまいは「ただただ欲のための仕事にて、卑劣千万」なのだと諭吉さんは言う。ぼくが書いたことはぜんぜんオリジナルではなかった。

 侵略と言って悪ければ進撃と言えばいいか。

 日本で最初に作られた長篇(ちょうへん)アニメに「桃太郎の海鷲」という作品がある。モノクロで三十七分(ネットで探せば見られる)。海軍省の指揮のもと、芸術映画社が作った。テーマは真珠湾攻撃で、実際、アニメとしてずいぶんよくできている。飛行シーンや細部のくすぐりなど宮崎駿を先取りしていると言ってもいい。

 桃太郎が空母に残って激励するばかりで部下を戦闘地域に送るあたりは史実の反映かもしれない……というのは深読みが過ぎるか。

 もう一つ例を挙げようか。

 日本新聞協会広告委員会が開催した「2013年度新聞広告クリエーティブコンテスト」で最優秀賞に選ばれ、東京コピーライターズクラブの2014年度TCC最高新人賞を受賞した作品。鬼の子が泣いている絵の上に「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」というつたない子供の字のコピーがある。

 教育というのは生徒の頭に官製の思想を注入することではない。そんなことは教師出身の義家さんは先刻ご承知のはず。一つのテーマに対していかに異論を立てるか、知的な反抗精神を養うのが教育の本義だ。ぼくの桃太郎論を読んだ生徒が反発してくれればくれるだけ、ぼくは嬉(うれ)しい。
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