2012-06-04 [絵をみる]
想画
山形県東根市にある長瀞小学校に昭和7年前後に描かれた児童画が残存している。それを分類整理したのが、寒河江文雄氏。多摩美を卒業して帰郷し、中学校の美術教師となる。氏の小学校時代は長瀞小学校に通う。長瀞小学校はあの綴り方運動の国分一太郎が教師として存在している。まさに昭和初期のファシズム到来以前の文化的にも高揚していた時代。教育もまた想画など、子どもの想像を大切にした現代版「生活画」を描かせるようになっていた。それまでが臨画、教科書図版をそのまま模写する方法の図画教育が一般的だったのだから、革命とでも呼ぶのに相応しい実践。島根や三重にも同様なうねりがある。その源流は霜田静志などの新教育のうねり。ヨーロッパやアメリカの教育思想を日本にももたらしていた。そんな中で、少年美術という雑誌も登場し、児童画コンクールも開かれている。そこへ目指して、全国から作品が応募されてたようだ。長瀞の児童画も入選をはたしているようだ。生活の有様がおおらかに描かれている。モダンな夢二風の絵もある。
本日このくらいにして、次の機会には多くの作品を一挙にお見せしよう。
2012-05-14 [絵をみる]
2012-05-13 [絵をみる]
2011-11-05 [絵をみる]
2011-10-15 [絵をみる]
昨日は緑の絵のコンクール一次審査
昨日はまた午前中歯医者。下の左ブリッジしてあった根元が虫歯。もう腐っていた。でも神経がないから分からない。突然ぽろりと取れる。その修復作業。もう一回ブリッジが可能だという。ほっと胸をなで下ろす。ハメマラとはよく言ったもの、近頃歯があちこち不具合になる。とほほだ。
午後大手町に行く。三菱UFJ環境財団の緑の絵のコンクールの一次審査だ。もうかれこれ20年くらいやっているのか。福井先生は38年もやっていて、80になるので晴れて勇退。まあていよくいって追放だ。そのうち僕の番になる。でも、80まではやらないほうがいいな。そういえば、熊本先生は最晩年はアシスタントに絵を一枚一枚めくってもらってた。故人には申し訳ないが、それまでして、やるべきじゃないね。さてと、緑の絵はなかなか手強い。何を描いていいか分からんといって、投げやりの木が一本描いてあるものあるし、面々としつこく指導されて、ぐいぐい描いているのもある。その落差がはげしい、幼児のえもすごいものだ。先生のいいなり、そして画面が大きすぎてえがきたいものはほんのわずか、あとは先生の空白に対する脅迫感から、絵の具で塗りつぶさせる。もう子どもはだだをこねるようにして濁った絵の具を塗りまくる。先生も子どもも気の毒なことになっている。