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人生の贈りもの 船曳建夫 [スズムシ日記]

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「教える」とは、すでにある理論を伝えること。それを刺激に学生が学ぶ。そこに創造が生まれる=松本敏之撮影

 朝日新聞連載「人生の贈りもの」。久しく切り抜きをしていませんでしたが、船曳さんは切り抜かないわけにはいかない。なぜか。全共闘世代にシンパシーを感じるからです。まして、船曳氏は東大で先頭にたって闘争を展開しながら、中途で自らの運動を解散してしまう離れ業を繰り広げたのでした。告白します。氏の編纂した『知の技法』は長い間積ん読状態であります。三冊もあるのでつい触手が延びないのでした。でも、氏の人生は実に曲折があるのです。それではまいりましょう。連載です。

1 大学は人類最先端の作業場

Q  29年間勤めた東京大を今春定年退職。在職中に編集した文系一般教養テキスト「知の技法」は一般の読者に読まれ、46万部の大ベストセラーになりました

A  大学で同僚だった小林康夫さんと共同で手がけ、1994年に出版しました。大学は人類最先端の作業をしている。その当たり前のことを伝えたかった。ケンブリッジ大のクリックとワトソンが発見した遺伝子の二重らせん構造は様々な分野に大きな影響を与え、思想も変えた。ケンブリッジで私が博士論文の指導を受けたエドマンド・リーチ先生はある日、クリックが大学内の芝生を横切りながら「もう分かった、全部分かった」と叫んでいるのを目撃した。今も大学のどこかで何かが発見され、我々の生活を変えていきます。

Q  教養学部の気鋭の学者たちが歌手のマドンナの写真集の映像に込められたレトリックを解き明かすなど斬新な内容でした

A  「知は面白い」と言いたかった。大学は、古色蒼然とした知識を抱え込んでいる場所ではなく、これまでの人類の知恵から1㍉でもも前に出る仕事をしている。それを難しい論文ではなく読みやすい形で書くとどうなるか、各自がパフォーマンスしています。

Q  「知の論理」「知のモラル」の三部作となり、「新・知の技法」も出ました

A  ノーベル賞の物理学暑が面白いからやってきた」と言えば3040年前なら変わった言い方をすると思われたかもしれない。今はその意味が少しは伝わるようになってきたのではないでしょうか。社会を変えるワン・オブ・ゼムとしての役割は果たしたと思います。

Q  「学校」から離れるのは58年ぶり。寂しさはありませんか

A まったくありません。自分でも驚いています。子どものころ、学校が苦手だったことを改めて思い出しました。東京・世田谷の経堂で育ちましたが、鬱症状というか、高校生まで精神的に不安定でした。苦しかったですね。それと5歳の時からずっとやがてくる死の恐怖にとりつかれていました。

Q  5歳からですか

A  ええ覚えています。いうなれば人生70年の「14分の1が過ぎた」と。僕は暴力は全くダメで極端に背も低かったが、暴力系の不良とは仲がよかった。高校は姉たちが通っていた現在の筑波大付属に進みました。一方に優秀でありたい成績優秀コンプレックスがあり、他方で精神不安定が高じて体の具合が悪くなった。高2から高3が本当に落ち込んだ最後です。その後、多少不安定になったことはあったが、大人になっていたので自分で心身のほころびを繕うことができました。(聞き手・三ツ木勝巳)

ふなびき・たけお 1948年、東京都生まれ。ケンブリッジ大大学院博士課程修了。東京大名誉教授。著書に「『日本人論』再考」「二世諭」「右であれ左であれ、わが祖国日本」など。(つづく)


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