茂木健一郎さんのブログ [スズムシ日記]
蝶の話 弟子入り
子どもの頃から昆虫が好きだった。
幼少の時期の一番古い記憶の一つは、捕虫網を持って、近所でセミをとっている自分の姿である。ふしぎなことに、網を手にするその幼い様子がまるで外から見ているように記憶されている。
うちの母は九州出身で、勉強をしろとかそういうことは一切言わない人だったが、私の心の発達に重大な影響を与えるある「決断」をした。
それは、大学で昆虫を研究していたゆうちゃんに私を「弟子入り」させたことである。
5歳の時にゆうちゃんに弟子入りして、それからひっついて回った。子どもが持つには本格的過ぎる捕虫網を持ち、「三角缶」や「三角紙」を手に野山をかけまわったのである。
ゆうちゃんは当時大学生だったが、私にいろいろなことを教えてくださった。日本鱗翅学会に入ったのもゆうちゃんの影響である。
鱗翅学会とは羽に鱗粉がついている蝶や蛾を研究する学会で、私は小学校に上がる前に入って以来ずっと会員だった。会報誌には『蝶と蛾』と『やどりが』があり、毎号熱心に読んでいた。
本格的に蝶をやっているゆうちゃんに弟子入りしたことは、その後の私の人生に多大なる影響を与えたように思う。
私は今の言葉で表現すれば「オタク」だった。オタクは、孤立しやすい。
小学校低学年で夏休みの研究を発表する「学生科学展」の常連となった私は、学校の中でも蝶のオタクとして扱われた。
日曜日に、クラスメートの女の子から電話がかかってくる。ドキドキして出ると「ああ、茂木くん? あのね、うちの庭にへんな青虫がいるから、何の幼虫か見にきてくれる? じゃあね。」とそれだけ言われてガチャンと電話を切られる。そんな存在だった。
あの頃自分は「キモオタ」だったのだなあと、しみじみ思い返すことがある。
一つのことに熱中しているオタクの子どもは、学校の中で孤立しやすい。実際、私も学校で蝶の話などをできる人はいなかった。そのような話をすると、敬遠されてしまうという雰囲気があった。
そんな私が日本鱗翅学会に行くと、思い切り話ができる。さらに言えば、自分などまだひよっこで、もっと凄い人がたくさんいると実感できる。
ゆうちゃんに弟子入りして日本鱗翅学会の会員になったことで、私は世界が青天井であることを知った。
そのことは、オープンエンドな脳の育みを促す上で、計り知れない効果があったように思う。
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